世界一周のリアルを具体的に発信する個人ブログ。実際に訪れた国と都市の体験記を掲載しています。

ベルリンで見た壁とユダヤ人の記憶|歴史の重みを感じるドイツの旅

2015年12月8日火曜日

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ベルリンで見た壁と感じとれたユダヤ人の心のやりどころ

2回目のドイツへ行ってきました!
もうね、旅のルートが自分でも笑っちゃうくらいめちゃくちゃ(笑)
でも、どうしても行きたい場所があったんです。

旅の期間は11月30日から12月1日。
目的地はドイツの首都、ベルリン
本当は東欧に行きたかったんだけど、「ベルリンの壁をこの目で見ないわけにはいかない!」という強い思いに突き動かされて寄り道しちゃいました。

なぜベルリンに壁ができたの?歴史の背景をおさらい

「そもそもなんで街の中に壁なんてあったの?」って思う人もいるかもしれないから、ちょっとだけ歴史のお話を。
第二次世界大戦後、負けたドイツはアメリカ、イギリス、フランス、そしてソ連の4カ国に分割して統治されることになったんだ。

でも、自由な「資本主義」を掲げる西側3カ国と、厳格な「社会主義」のソ連は、やり方が違いすぎて全然うまくいかなかった。
結局、ベルリン市内を流れる川を境界にして、西側は資本主義、東側は社会主義という形で真っ二つに分断されちゃったんだよね。

いざ分断されてみると、東側にいた人たちは「社会主義って自由が少なすぎない?西側の方が楽しそう!」って気づき始めちゃって。
それで、たくさんの東ドイツ人がどんどん西側へ引っ越していっちゃったんだ。

一晩で築かれた絶望の境界線

これに焦ったのが東ドイツ政府。「このままじゃ国民がいなくなる!」ってことで強行した対策が、なんと物理的な壁を作ること。
信じられないことに、この巨大な壁はたった一晩で作られたと言われているんだよ。驚きだよね。

それから約40年。自由を奪われた日々が続いたけれど、1989年に歴史が大きく動いたんだ。
ハンガリーとオーストリアの国境が開放されたのをきっかけに、東ドイツの人たちが他国経由で西へ脱出。
もう政府も止められなくなって、ついに「ベルリンの壁」が崩壊

ドイツが再び一つになったのは、今から約30年ちょっと前のこと(※執筆時基準)。
意外と最近の出来事なんだよね。

イーストサイドギャラリーで触れる「壁」のリアル

実際に壁が残っている「イーストサイドギャラリー」に行ってきました。

ベルリンの壁の様子

目の前で見る壁は、高さ約3メートル。思っていたよりも低く感じたかな。
でも、これが街を分断していたと思うと、その存在感に圧倒される。

壁の断面と厚み

厚さは20センチくらい。意外と薄いんだよね。
でも、この薄いコンクリート一枚が、家族や友人を何十年も引き裂いていたんだ。

壁に描かれたアート1
壁に描かれたアート2
壁に描かれたアート3

イーストサイドギャラリーだけでも1.3kmも続いていて、本来の壁はもっともっと長かった。
今は大半が壊されて道路の材料とかにリサイクルされているらしいけど、当時はこれが遥か彼方まで続いていたんだと思うと、胸がギュッとなるような窮屈さを感じるよ。

正直、平和ボケしてる俺にとって「社会主義」とか難しいことはよくわからなかったけど、現場に行くと「やっぱり自由がないのは辛いよね」って肌で感じることができた。
義務教育の社会科では全然頭に入ってこなかった歴史が、やっと自分の中で繋がった気がする。

ベルリンの街歩きと物価事情

歴史を感じて少し賢くなったところで(笑)、街の様子についても!
ベルリンって、他の西欧やドイツの都市に比べると、なぜか物価が少し安い気がするんだよね。

ヨーロッパはどこも高いから、こういうインフレが抑えられている街は本当にありがたい!
旧市街がない代わりに、モダンな雰囲気とアナログな魅力が混ざり合っていて、歩いているだけで楽しいんだ。

ベルリンで見かけたアナログな車
ベルリンの街並みと映画のキャラクター

ETに会えたり、カッコいいアナログな車を見かけたり。
食事の選択肢もたくさんあって、ベルリンの食べ歩きは最高だったよ。

ホロコースト記念碑で迷い込む「疑心暗鬼」の迷路

楽しい街歩きの途中で、避けては通れない「負の歴史」にも触れてきた。
ドイツには忘れてはいけない罪がある。ナチス・ヒトラーによるユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)だ。

なぜあんな残酷なことが起きてしまったのか。
「自分たちは優秀だ」と信じ込み、特定の民族を排除しようとした狂気。
そして、それを信じてしまった、あるいは逆らえなかった兵士たちの罪。

ホロコースト記念碑の全景

ユダヤ人たちの悲しみを忘れないために作られた「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑(ホロコースト記念碑)」に足を運んでみた。

記念碑の迷路のような内部

中に入ると、まるで人気マンガ『BLEACH』の静霊廷(せいれいてい)みたいな不思議な世界観。
でも、進むにつれてその雰囲気は一変する。

視界が遮られる石柱の列

巨大な石のブロックが迷路のように入り組んでいて、進むほどに視界が狭くなる。
どっちに行けばいいのかわからなくなる不安感。
角を曲がった瞬間に、突然人の気配がしてビクッとする。

「もし自分が当時のユダヤ人だったら」

そう考えずにはいられなかった。

  • 角から現れた人は、味方なのか、それとも自分を捕らえに来たナチスなのか。
  • 信じた情報がデマで、そのまま収容所へ送られてしまうのではないか。
  • 隠れ家が見つかったら、家族全員が終わりなんじゃないか。

一歩歩くごとに、そんな疑心暗鬼と恐怖に包まれて暮らしていたんだろうな……。
そんな重い歴史を、肌に突き刺さるような冷たい空気の中で考えながら歩いたよ。

次なる目的地はポーランド・アウシュビッツへ

ベルリンで歴史の重みをしっかり受け止めたあとは、さらに深く知るためにポーランドへ向かいます。
目指すはアウシュビッツ強制収容所があるクラクフ。

移動はPolski Bus(ポルスキ・バス)をネットで予約!
「EUROLINE」はめちゃくちゃ高かったけど、Polski Busなら半額以下で行けちゃった。節約しながらも、しっかり学ぶ旅は続く。


ベルリンの壁(イーストサイドギャラリー)の概要

ベルリンの壁は、1961年から1989年まで東西ドイツを分断していたコンクリートの壁です。現在はシュプレー川沿いの約1.3kmが「イーストサイドギャラリー」として保存され、世界中のアーティストによる平和への願いを込めたアートが描かれています。

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海外未経験で世界一周へ。
家族の反対を押し切り、右も左もわからぬまま飛び出したあの日。 「いつか」を待たずに旅に出たからこそ見えた景色があります。 準備不足でも、反対されても、夢を叶えたい人へ贈る旅ブログ。

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