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プノンペンの闇と戦い!キリングフィールド訪問とトゥクトゥク運転手との死闘2時間

2015年3月15日日曜日

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プノンペンの闇と戦い!キリングフィールド訪問とぼったくり運転手との死闘2時間



どうも、ハイドです!
3月15日、カンボジアの首都プノンペンにいます。
おかげさまで、痛めていた足の調子も順調に回復してきました!

宿を出ていつものレストランへ向かおうとすると、昨日出会ったトゥクトゥクの運転手がまるで待ち伏せしていたかのように立っていました。
「レストランに行くなら乗っていけよ!」
そんな言葉に甘えて、まずは楽々と朝食へ。ここまでは、平和な1日の始まりでした。

カンボジア観光の避けられない歴史「キリングフィールド」へ

食事を終え、昨日約束した通り「キリングフィールド」へ向かうことに。
しかし、乗車前にいくら値段を聞いても、運転手はニヤニヤするだけで答えてくれません。

「すぐそこだから安いよ!大丈夫だから乗りな!」
そんなオウム返しに不安を覚えつつも、彼の「安い」という言葉を信じて、ガタガタと揺れるトゥクトゥクに乗り込みました。

プノンペン市内の様子

バイクの荷台を改造しただけの不安定なシートにしがみつき、プノンペンの街を突き進みます。
都会的なビルが見えたかと思えば、すぐにトタン屋根の手作り感満載な家々が並ぶエリアへ。

プノンペンの街並み

プノンペンの風景

どこからか漂う生ゴミの臭い。強烈な日差し。これこそが今のカンボジアのリアルなのかもしれません。

路地裏の風景

ゴミが散乱する道

キリングフィールド(チュンエク)の入場料と基本情報

目的地に到着。運転手は「2ドルだ」と言っていましたが、実際は違いました。

  • 入場料:3ドル
  • 音声ガイド:3ドル(絶対借りるべき!)
  • 合計:6ドル

キリングフィールド入口

こののどかな野原で、かつてポル・ポト率いるクメール・ルージュによる大量虐殺が行われました。
わずか40年ほど前、現実に起きた悲劇。音声ガイドから流れる生存者の証言は、あまりに生々しく、私の心に深く突き刺さります。

目隠しされた人々が降りた場所

目隠しをされ、ここに連れてこられた人々は、罪もないまま殺され、埋められました。
中には、DDT(殺虫剤)を浴びせられ、息があるまま生き埋めにされた人もいたといいます。

発掘された場所

慰霊碑

今は小鳥が鳴き、静かな風が通り抜ける池。しかし、足元を見れば今でも遺骨や衣服の切れ端が地表に現れることがあります。

静かな池の風景


地層に残る衣服の破片

遺骨の破片

積み上げられた遺品

「キリング・ツリー」と呼ばれる木では、赤ん坊までが命を奪われたといいます。
慰霊塔に納められた、ひび割れた無数の頭蓋骨。その一つひとつが、当時の惨状を物語っていました。言葉もありません。

キリングツリー

慰霊塔内部の頭蓋骨

並べられた頭蓋骨

キリングフィールドの概要

クメール・ルージュ政権下で、ポル・ポト派が知識人や罪なき人々を大量虐殺した処刑場跡。カンボジア国内に数百カ所存在し、最大級の「チュンエク」では無数の遺骨や遺品、赤ん坊を殺害した木などが今も残っています。


ポル・ポト(Pol Pot)とは?

ポル・ポト(Pol Pot)の正式名称は、サロット・サル(Saloth Sar)です。

1970年代後半のカンボジアで、極端な原始共産主義を掲げ、都市住民を農村へ強制移住させました。通貨や教育、宗教を廃止し、知識人や反乱分子とみなした人々を虐殺。飢餓や過労死を含め、人口の約4分の1を失わせました。


プノンペンで散髪!1.25ドルの激安「ベトナム人カット」体験

重い気持ちでキリングフィールドを出ると、またあの運転手がヒョッコリ現れました。
あまりの暑さに「髪を切りたい、散髪屋へ行ってくれ」と頼むと、なぜか連れて行かれたのは射撃場。おい、人の話を聞け(笑)

「金がないんだってば!」と一喝し、ようやく辿り着いたのはカットモデルの写真が並ぶローカルな床屋さん。

  • 料金:5,000リエル(約1.25ドル/約160円)

激安!注文は、隣にいた子供を指さして「同じでいいよ」とジェスチャー。バリカンがガンガン入り、ヒゲも産毛も丁寧に処理されます。果たして…?

Before

散髪前

After

散髪後

誰だよ!ってくらい変貌を遂げました(笑)
シャンプーなしの、ワイルドな「カンボジア人カット」仕様ツーブロック。しばらくはこれで旅を続けます!

【実況】トゥクトゥク運転手との泥沼交渉!殺害予告まで!?

その後、運転手と一緒にカンボジアBBQを食べ(なぜか彼の分まで私が支払う羽目に)、スーパーへ寄り、ようやく宿へ到着。ここで悪夢が始まりました。

運転手:「50ドルだ。安いだろ?」

はあ!?思わず耳を疑いました。相場なら3〜5ドル程度の距離。
ここから2時間に及ぶ、譲れない戦いのゴングが鳴りました。

バトルの経過

  1. 問答無用:「なぜ乗る前に言わなかった?」と聞いても「わからない」の一点張り。
  2. 同情作戦:「俺には家族がいるんだ!」と言い出すが、騙そうとする奴に感情移入は無理。
  3. 逆ギレ:私が5ドルを突きつけると、彼は受け取りを拒否して宿の中に逃げ込む。
  4. 沈黙の戦い:私は地面に座り込み、スマホでブログを書き始める。「何時間でも待ってやるぜ」スタイル。

すると、しびれを切らした運転手がとんでもないことを言い放ちました。
「俺はお前が大っ嫌いだ!お前を殺したい!」
冗談に聞こえないトーン(笑)さらには「警察に行くぞ!」と脅してきます。

カンボジアの警察は賄賂や言葉の壁を考えると厄介。こちらも「今が引き時」と判断し、10ドルを提示すると、運転手の顔色が変わりました。
結局、食事代と合わせて15ドル。それでも高い勉強代でしたが、ようやく解放されました。

旅の救い!日本人バックパッカーとの再会と夜会

ボロボロの心で部屋に戻ると、パッキング中にベトナムで出会う予定だったトワジェンから連絡が!
急遽、プノンペン最後の夜を仲間たちと過ごすことになりました。

メンバーは、中国人のトワジェン、日本人のHクン、フィンランド人の女の子2人。
リバーサイドへ向かうトゥクトゥクでお釣りを誤魔化され(またかよ!)、思わず「金返せーー!!シカトすんじゃねえぞ!」と日本語で絶叫してしまいましたが、仲間がいると心強いものです。

結局、物価の高いバーを避けてコンビニで酒を買い、川辺で座談会。

  • プノンペンの川辺で「日本の景気」について熱く語るHクン
  • 足を引きずる私に肩を貸してくれるフィンランドの子たち
  • 相変わらずマイペースで意味不明なトワジェン

最後は最高のメンツに恵まれ、プノンペンの嫌な思い出が少しだけ浄化されました。
明日はシェムリアップへ移動します!さらば、プノンペン!

最後まで読んでくれてありがとう!

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海外未経験で世界一周へ。
家族の反対を押し切り、右も左もわからぬまま飛び出したあの日。 「いつか」を待たずに旅に出たからこそ見えた景色があります。 準備不足でも、反対されても、夢を叶えたい人へ贈る旅ブログ。

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